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ゆとりのゆとりによるゆとりのないブログです。

時々ここの内容を変えているんで、ぜひ読んでみてください。

掲示板にいろいろと不都合が生じたので、
早くも撤去させてもらいました。

これからは、みなさんからのコメントを積極的に
読んでいきたいと思います。

どんな意見でもかまわないので、
どんどんコメントをお願いします。


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DATE: CATEGORY:教育・社会・ニュース
「ゆとり世代」についての言及 の おまけです。

僕の知り合いの、ある高校の先生から聞いた話を
その先生から許可を得たので、書いておきます。


名前は出せませんが、この話の登場人物として出てくる高校の先生はゆとり世代に対して常に苦言を呈していたそうです。

ある日、その先生が高校3年生の担任を持っていた時、
自分のクラスの生徒の模擬試験の成績を見たところ、
その先生のクラスの生徒の成績が全体的に悪かったらしいです。

すると、その先生は、
「これは、予備校にもっと頑張ってもらわないと困るなぁ」
と言ったそうです。

職員室中が静寂に包まれたそうです。



また、その先生は英語の先生なのですが、
その先生が持ったクラスの英語の偏差値は必ず高くなるそうです。

どんな授業をしているか聞いてみたところ、
毎回英語の長文が書かれたプリントを配り、
それを先生が読んで、ひたすら日本語訳を先生が言う、というスタイルで
全く文法などを教えないそうです。

なぜ、この勉強法で成績が良いのか分からないので、詳しく聞くと、
どうやら、生徒自身が「この授業を頼りにしていたら、英語は壊滅的になる」
ということで、授業中に必死で単語を覚えたりしているらしいです。

この奇跡は、ある意味反面教師と言えるのかもしれません。

しかし、その先生はなにを勘違いしたのか分かりませんが、
みんなが必死になって日本語訳を写していると思っているそうです。

おまけに、後輩の英語教師には、
「俺の指導方法は素晴らしいから、どんどんマネしていいぞ」
ということで、その先生の指導法を広めているらしいです。





バカと天才は紙一重と言いますが、
今回の話を高校の先生から聞いて、
ゆとり世代の生徒はダメだ、とか言う前に
ゆとり世代を指導した先生のダメな部分を改善していくべきではないかと思いました。


もし、自分が担当しているクラスの成績を上げたい先生がいらっしゃいましたら、
クビを覚悟で壊滅的な授業をやってみることをオススメします。
生徒に危機感を持たせる授業を展開するだけで、
みるみる偏差値が上がっていって、
勘違いを楽しむことができるかもしれないので。



ここ最近、「ゆとり世代」についていろいろと考えてきましたが
ゆとり教育の時の先生とその指導方法について、もっと詳しく知りたいですし、
先生方にはもっと頑張ってほしいと感じました。

というわけで、バカと天才の紙一重の部分に存在している先生がいたら、
ぜひ教えてほしいです。

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DATE: CATEGORY:教育・社会・ニュース
「ゆとり世代」についての言及その3です。

現在は教育の方針が脱ゆとりの方向に向かっていますが、
それ以前はどうだったのかが、結構重要な気がしたので、
教育の歴史を振り返ってみたいと思います。

ものすごくマニアックなところを突くと、
平安時代に明経道や紀伝道の勢いが盛んだったとか、
室町時代に足利学校が作られたとか、
江戸時代に寺子屋が作られたとか、

もっと言うと、
平安時代に空海が綜芸種智院を作って庶民の教育を促したとか、
室町時代に武士の教科書として「庭訓往来」、指導者に「節用集」を用いたとか、
江戸時代に萩で吉田松陰が松下村塾を建てて、高杉晋作などを指導したとか。

ただ、こういう教育の歴史をたどるとキリがないので、
私達に近い戦後の部分を対象にしてみたいと思います。


ものすごく端的に言うと、教育は繰り返したり、昔を踏襲したりしています。

具体的に見てみると、
戦後すぐは、はっきり言って教育がどうこうとかいう話ではありませんでした。
食糧を得ることに必死で、空腹を満たすことが容易ではなかったからです。


そして、しばらくすると教育の「逆コース」というのが問題視されたと言われています。

どういうことかと言うと、
戦後はGHQの手によって日本国憲法が作られました。
しかし、当時の日本政府は日本国憲法が誕生したにも関わらず、天皇制を復活させようとしました。
すると、ジャーナリズムが日本国憲法があるから、天皇制を復活させるな、
ということで、対立しました。

この政府とジャーナリズムの対立を「逆コース」と言い、問題視されました。

これは結構重要で、人によっては、
ここで下手をしたら、現在も戦前の教育勅語(天皇や愛国心などについて)を学んでいたかも
しれないという人もいます。


しかし、「逆コース」がどうとか言ってるうちに、
教育が徐々に詰め込みの方向に向かっていきました。

背景としては、
高校や大学の数に対して、子供が多すぎて、高校や大学に入れない子供が現れることの懸念や、
企業が高学歴を求め、良い企業への就職に対して必然的に高校や大学への入試が必要になったこと
などが挙げられます。

このようなことがあり、
教育が詰め込みのスタイルに変化し、厳しい受験戦争を強いられるようになりました。

ですが、詰め込み教育を続けた結果、
その弊害として、「落ちこぼれ」の生徒が出てきたり、階層による格差が出てきたりと
様々なことが挙げられるようになりました。

すると、教育に対して世間から批判が出るようになり、
政府が「ゆとり教育」を取り入れることで教育にゆとりを持たせ、
個性を重視した教育を目指すようになりました。

しかし、「ゆとり教育」によって、今度は子供たちの学力の低下が激しいという
世間の非難があり、現在では「ゆとり教育」を脱却する教育が目標とされています。


すごく大まかに言うと、歴史はこういうような感じです。
もっと詳しく言うと、途中で多元的な能力主義から一元的な能力主義になったとか、
大学が教養を得るためではなく、良い企業への切符を得るための場所として捉えられたことがあったとか、
いろいろありますが、それもまたキリが無くなるので、概要だけを。



そして、今回僕がこの歴史を見て感じることは、
教育の方針が二元論的になっていて同じ失敗を繰り返しているのではないか
ということです。

歴史的にも、詰め込みがダメだったから、ゆとりにしたのに、
また詰め込みに戻そうという動きってどうなの?と思ってしまいます。

僕個人の意見としては、教育に幅を持たせるべきではないかと思っています。

どういうことかと言うと、
教育方針の違う学校をたくさん用意して、学校の選択肢を増やすということです。

個人的には、この記事が素晴らしいと思っていまして、

『池田信夫「原発のリスクよりリターンのほうが大きいなら原発が市場で選ばれるだろう」』
http://getnews.jp/archives/116372


この内容に書いてある通りで、教育方針も市場に決めてもらうというのはアリだと思います。

詰め込みの教育が良いと思ったら、その学校に進学させればいいし、
ゆとりのある教育が良いと思ったら、その学校に進学させればいい。

全員を一律に同じ方向へ持って行く教育ではなく、
選択肢を増やして、自由かつ多様化した教育という考え方です。

昔から言われていることですが、
生徒一人一人の性格も違えば、能力も違うんです。

それだったら、出来る限り子どもたちが成長するであろう学校や教育方針を選んだほうが、
日本全体としても、教育の質が向上するような気がします。

極論を言うと、全員が東大に行く必要はないんですよね。
勉強が出来なくても、お年寄りが好きだから介護の仕事に就くとか、
学校の勉強ではなく、パソコンの勉強をして異常にパソコンに強い人になるとか、
勉強以外の部分で成長することも考えられます。


池田信夫さんではないですが、
教育も自由化にすることで方向を市場が決めてくれるかもしれません。

教育も多様化することで、
ゆとりと詰め込みの教育議論がまた深まると思います。

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