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Author:ゆとり達
ゆとりのゆとりによるゆとりのないブログです。

時々ここの内容を変えているんで、ぜひ読んでみてください。

掲示板にいろいろと不都合が生じたので、
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これからは、みなさんからのコメントを積極的に
読んでいきたいと思います。

どんな意見でもかまわないので、
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DATE: CATEGORY:教育・社会・ニュース
「ゆとり世代」についての言及その3です。

現在は教育の方針が脱ゆとりの方向に向かっていますが、
それ以前はどうだったのかが、結構重要な気がしたので、
教育の歴史を振り返ってみたいと思います。

ものすごくマニアックなところを突くと、
平安時代に明経道や紀伝道の勢いが盛んだったとか、
室町時代に足利学校が作られたとか、
江戸時代に寺子屋が作られたとか、

もっと言うと、
平安時代に空海が綜芸種智院を作って庶民の教育を促したとか、
室町時代に武士の教科書として「庭訓往来」、指導者に「節用集」を用いたとか、
江戸時代に萩で吉田松陰が松下村塾を建てて、高杉晋作などを指導したとか。

ただ、こういう教育の歴史をたどるとキリがないので、
私達に近い戦後の部分を対象にしてみたいと思います。


ものすごく端的に言うと、教育は繰り返したり、昔を踏襲したりしています。

具体的に見てみると、
戦後すぐは、はっきり言って教育がどうこうとかいう話ではありませんでした。
食糧を得ることに必死で、空腹を満たすことが容易ではなかったからです。


そして、しばらくすると教育の「逆コース」というのが問題視されたと言われています。

どういうことかと言うと、
戦後はGHQの手によって日本国憲法が作られました。
しかし、当時の日本政府は日本国憲法が誕生したにも関わらず、天皇制を復活させようとしました。
すると、ジャーナリズムが日本国憲法があるから、天皇制を復活させるな、
ということで、対立しました。

この政府とジャーナリズムの対立を「逆コース」と言い、問題視されました。

これは結構重要で、人によっては、
ここで下手をしたら、現在も戦前の教育勅語(天皇や愛国心などについて)を学んでいたかも
しれないという人もいます。


しかし、「逆コース」がどうとか言ってるうちに、
教育が徐々に詰め込みの方向に向かっていきました。

背景としては、
高校や大学の数に対して、子供が多すぎて、高校や大学に入れない子供が現れることの懸念や、
企業が高学歴を求め、良い企業への就職に対して必然的に高校や大学への入試が必要になったこと
などが挙げられます。

このようなことがあり、
教育が詰め込みのスタイルに変化し、厳しい受験戦争を強いられるようになりました。

ですが、詰め込み教育を続けた結果、
その弊害として、「落ちこぼれ」の生徒が出てきたり、階層による格差が出てきたりと
様々なことが挙げられるようになりました。

すると、教育に対して世間から批判が出るようになり、
政府が「ゆとり教育」を取り入れることで教育にゆとりを持たせ、
個性を重視した教育を目指すようになりました。

しかし、「ゆとり教育」によって、今度は子供たちの学力の低下が激しいという
世間の非難があり、現在では「ゆとり教育」を脱却する教育が目標とされています。


すごく大まかに言うと、歴史はこういうような感じです。
もっと詳しく言うと、途中で多元的な能力主義から一元的な能力主義になったとか、
大学が教養を得るためではなく、良い企業への切符を得るための場所として捉えられたことがあったとか、
いろいろありますが、それもまたキリが無くなるので、概要だけを。



そして、今回僕がこの歴史を見て感じることは、
教育の方針が二元論的になっていて同じ失敗を繰り返しているのではないか
ということです。

歴史的にも、詰め込みがダメだったから、ゆとりにしたのに、
また詰め込みに戻そうという動きってどうなの?と思ってしまいます。

僕個人の意見としては、教育に幅を持たせるべきではないかと思っています。

どういうことかと言うと、
教育方針の違う学校をたくさん用意して、学校の選択肢を増やすということです。

個人的には、この記事が素晴らしいと思っていまして、

『池田信夫「原発のリスクよりリターンのほうが大きいなら原発が市場で選ばれるだろう」』
http://getnews.jp/archives/116372


この内容に書いてある通りで、教育方針も市場に決めてもらうというのはアリだと思います。

詰め込みの教育が良いと思ったら、その学校に進学させればいいし、
ゆとりのある教育が良いと思ったら、その学校に進学させればいい。

全員を一律に同じ方向へ持って行く教育ではなく、
選択肢を増やして、自由かつ多様化した教育という考え方です。

昔から言われていることですが、
生徒一人一人の性格も違えば、能力も違うんです。

それだったら、出来る限り子どもたちが成長するであろう学校や教育方針を選んだほうが、
日本全体としても、教育の質が向上するような気がします。

極論を言うと、全員が東大に行く必要はないんですよね。
勉強が出来なくても、お年寄りが好きだから介護の仕事に就くとか、
学校の勉強ではなく、パソコンの勉強をして異常にパソコンに強い人になるとか、
勉強以外の部分で成長することも考えられます。


池田信夫さんではないですが、
教育も自由化にすることで方向を市場が決めてくれるかもしれません。

教育も多様化することで、
ゆとりと詰め込みの教育議論がまた深まると思います。

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コメント

初めまして

この手の論述は非常に読み応えがあります。
実際に「ゆとり世代」という表現は当時は近未来的だったにも関わらず、現在ではレッテルという印象が強いです。現に大人達はゆとり世代に対して相対的に好印象、とはいっていないようですし。
同じ間違いを繰り返し、その都度同じ対策をして元に戻る……哀れなループです。そこに学習はないのか、とも思ってしまいます。
世間やメディアもお目付け役とはいえ現在では単なるクレーマーに過ぎません。自らの生活に影響が出る事以外は基本的に無関心です。問題は掘り下げればその分出てくるみたいですね。
自分自身ゆとり世代の若造なのでこの記事は面白いなと感じました。今後の更新も楽しみにしています!

ゆとり、ゆとりって…

本来、ゆとりを持たせたのは、そのゆとりで詰め込みでは学べない学習をしたり、自分の興味を掘り下げるために作られた物のはずです。
しかし、それの本来の目的を見失った自称『教育ママorパパ』たちが、結局詰め込み教育である塾に行かせてしまい、高校や大学(中学とかも?)入試はあまり本質が変化しないままになってしまったのです。
それで、学力低下したなんて言っているのはあんたらの怠慢だ、と言えるのではないでしょうか。
まあ、子供は本来時間ができれば遊びたがるものですが。

人生百年の時代がやって来ようとしています。
教育は何処に焦点をあてるかです。
日本は中国でもなく韓国でもない。
江戸時代に基本は確立していたはずです。

おじゃまします

こんにちは

この意見に私は賛成です。
「教育方針の違う学校をたくさん用意して、学校の選択肢を増やすということです。 」

ただ横の幅を持たすと同時に、縦の幅も必要だと思います。
年齢の幅です。

どの学校を選ぼうと間違いはないと思います。
自分の思った学校でなくても、その学校でしか学べないことを学び、また時間がかかっても、もう一度自分の学びたいことを学ぶ。っていう気持ちを持てれば・・・ですが・・
大抵の方たちは、年齢にこだわって、人よりも早くという気持なので、難しいと思います。

わたしは、野球をし、一度の受験もせずに大学を出ました。
しかし、大学を出た時、何もない自分に気付き、建築の勉強をやり直して、今は設計事務所を経営しております。
当時は、人よりも回り道したことを悔やみましたが、今はそれでよかったと思っています。

経験したから思えることかもしれませんが・・・
あまりに時間を急ぎすぎるのは、日本や韓国の特色じゃないでしょうか?

私の子供に対する考え方は、今どうすればいいか?ってことではなくて、失敗したときにどう修正すればいいか?ってことです。

ちょっとのんびりすぎますかね。

またまた生意気にごめんなさい。
少し的が外れたかもしれません。

またおじゃまします。

Re: 初めまして

コメントありがとうございます。

返信遅くなってしまってすいません。

まさしくタカさんの言う通りだと思います。

ループに対する学習の無さは本当に哀れだと思います。

そして、自らの生活に影響が出る事以外は基本的に無関心というのは
すごく重要だと思います。

しかも、自らの生活に直接影響を与えるものばかりにクレームをつけます。
学校教育なども将来的には、自分達の生活を支えてもらう人たちなので、
結果的には自分に返ってくるのですが、
意外とそういうのに気づかない人が多いです。

消費税の増税には文句を言うのに、
税金の無駄遣いにはあまり文句を言わない。

このような状況はあまりにも短絡的な考え方であり、
改善が必要かと思います。

コメントありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。

Re: ゆとり、ゆとりって…

コメントありがとうございます。

water droppin' さんの認識に驚いてしまいました。

その通りだと思います。

言っていることとやっていることが全く持って矛盾しているように感じます。

一方が良くなれば、一方に文句を言う、ということの繰り返しなようにも思えます。

これから脱ゆとりの方向に向かっていくこともどうなるのか、
個人的には、昔の繰り返しで終わらないことを願いたいです。

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

教育の焦点を当てる場所というのは、
難しいですし、一概に結論が出ないですね。

ただ、kagataniさんの意見は面白いと思います。

もっと江戸を追求すると、一種の答えが見えるかもしれません。

Re: おじゃまします

コメントありがとうございます。

naritomoさんの考え方は僕達に近いかもしれません。

http://yudoris.blog103.fc2.com/blog-entry-205.html

の記事の中でも書きましたが、
失敗に厳しすぎると思っています。

若干話がズレますが、勉強はやりたい時にやればいいと思っています。
なので、その人の人生に合うようなタイミングで何かをさせてあげることが
大事だと思っています。

なので、失敗には寛容派です。

そういう意味でも、naritomoさんの建築をやり直すというのは
素晴らしい選択ではないかと思います。

だからこそ、失敗を修正できる教育や環境とかも必要かもしれません。

昔の方々もnaritomoさんのように柔らかい発想になると
面白くなるのではないでしょうか。

特に政治などは。

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