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Author:ゆとり達
ゆとりのゆとりによるゆとりのないブログです。

時々ここの内容を変えているんで、ぜひ読んでみてください。

掲示板にいろいろと不都合が生じたので、
早くも撤去させてもらいました。

これからは、みなさんからのコメントを積極的に
読んでいきたいと思います。

どんな意見でもかまわないので、
どんどんコメントをお願いします。


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DATE: CATEGORY:心理・考えたこと・思うこと
フロイトという人が、心の構造を分析したことがありました。

心は、3つの構造から出来ているそうです。


①快楽(子どもの心)・・本能的にいろいろなことをやりたいと思う心
②自我(大人の心)・・大人のように、自分を意識する心
③超自我(両親の心)・・両親によって形成されて、良心や道徳心に相当する心


この3つのバランスによって、心は形成されていて、

自我が超自我と快楽を支えている、という構図だそうです。

公園などにあるシーソーを思い描いてもらえばいいのですが、

シーソーを支える真ん中の部分が自我で、
左側に超自我が、右側に快楽が乗っていると思ってもらえるとわかりやすいと思います。


この構図とバランスが大切だと言われています。


例えば、超自我が少なく、快楽が大きい人がいるとします。
シーソーでいくと、右側に傾いているということになります。

こういう場合、会社や学校に行かずに自分の趣味などに没頭してしまう、
という可能性があります。

会社や学校に行くことが好き、という人は快楽が大きくてもいいと思いますが、
学校や社会に行かずに趣味などに没頭するのは、一般的にはあまり良くないとみられます。


また、超自我が多く、快楽が少ない人がいるとします。
シーソーでいくと、左側に傾いているということになります。

こういう場合、両親の過度の期待などで、趣味などを全くやらずに学校の勉強や会社の仕事に
没頭する可能性があります。

この場合も、自分が学校や会社が好き、というのだったら良いですが、
両親を喜ばすため、などの理由で学校や会社に行く、となると自分の意志とは違う行動のため、
プレッシャーやストレスにやられてしまう可能性があります。


このように、バランスが大切だと言われています。

しかし、実際のところ、どうすればバランスが取れるのかが分からない、という人が多いです。


要は、シーソーのバランスが取れればいいのですが、

基本的には、超自我と快楽のどちらかを小さくしてバランスを取るのではなく、
大きくしてバランスを取るのが良い、と言われています。

というより、小さくするのはかなり難しいですが、
大きくするのは小さくする時ほど難しくはないと言われています。


なので、快楽が小さい人は、趣味の時間を普段より多めにとって、
ストレスを解消する場を設けるのが良いです。

逆に、超自我が小さい人は、周りの人に怒られるなど、
厳しい指導を受けるのが良いです。


昔、あるヨットの学校が厳しいことで有名でしたが、
その厳しさは、超自我を鍛えるための訓練でもあるわけです。




というように、
心は3つの構造で出来ていて、3つのバランスが大切なので、
自分の普段の行動を思い出してみて、
自分の心で足りない部分を補うような行動を考えてみると良いのではないかと思います。


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DATE: CATEGORY:心理・考えたこと・思うこと
教育の世界で、常に話題にされている問題の一つに「いじめ」の問題があります。

しかし、いじめを解決するとしてもどういう方法を取っていいかわからないという人がほとんどだと思います。

それもそのはずで、いじめを完全に解決する方法は見つかっていません。
もし見つかっていたら、いじめの問題はすでに議論されたり問題になったりしません。

というわけで、どうすればいじめを解決できるか、ということなのですが、
基本的に答えはないと思います。

投げやりのようにも見えますが、いじめのパターンや人数、当事者の性格などを考えると、
実はいじめは無限のように組み合わせがあります。

そのため、「これが答えだ」と簡単に言えないんですね。

でも、その中で、できればやらない方がいい、ということはあります。


それは、いじめをしている人といじめをされている人の間に入って仲介するということです。


間違ってほしくないのが、これが答えではない、ということです。


なぜ、当事者の間を取り持つことが良くないのか、というと、
基本的に取り持つ人は第3者だからです。

第3者だから、当事者の気持ちは理解することができないんです。

時々第3者の中で、私もいじめた経験があるから、とか、いじめられた経験があるから、
みたいな同情を狙う人がいますが、
さっきも書いたように、パターンも違えば性格も違うので、同情は無理ですし
理解することも無理なんです。

また、当事者どうしが話ができないから、ということで
お互いの話を伝達する、とかいう行動を取る人がいますが、
第3者は基本的に当事者の気持ちを理解するのが難しいので、
一方から聞いた話をもう一方に伝える時に、どうしても第3者の感情や表現になってしまいます。
内容も表現も100%まねることができれば、話は別ですが、人間にそんなことはできないので、
結局、相手の本心は伝わらずに、第3者が歪めて伝えてしまう、ということになりかねません。


なので、「私には、いじめを解決できる」とかいう勘違いは捨てたほうがいいです。
そういうよくわからない思い込みが、よりいじめを混乱させる原因にもなりかねません。


では、どうすればいいか、という話ですが、
個人的には、今のところは、「当事者どうしに話をさせる」ようにしています。


一見、危険な行動に見えますが、そもそも「いじめる、いじめられる」という関係が危険なので、
これくらいのことをしたほうがいいと思います。

当事者どうしだと、思っていることが直接伝わるので、本心からの話ができるようになります。

また、下手に仲介しないので、第3者のバイアスもかかりません。


ここで、大切なのが、第3者の存在です。

さっきは第3者が仲介するな、とか言っていたのに、と思うかもしれませんが、
仲介するべきではないのは確かだと考えますが、
仲介しない形でサポートするのは大切だと思います。

具体的には、
「当事者どうしが話し合える環境を作る」ということです。

これは、第3者は実際には関わっていないのにも関わらず、かなり重要な役割を果たしています。

いじめている、いじめられている、の関係なので、そもそも話し合いをするはずがありません。
そこを自分が仲介するのではなく、環境を整備して当事者どうしに話し合いをさせる。
直接話合いをさせると、少なくともお互いの気持ちがわかるようになるので、
お互いの関係に何かしらの発展があり得ます。

こういったことが大切ではないでしょうか。

また、当事者どうしの話合いの時に、その話し合いを見守るのも第3者の役割だと思います。

意見を述べるのではなく、万が一殴り合いになったらそれを引き留めるとか、
これも実際の話し合いに関わりませんが重要な役割です。


要は、第3者は仲の悪い2人を仲介するよりも、当事者2人が言い合える環境を作ることのほうが
よっぽど大事ではないか、ということです。



いじめは、なかなか解決することのできない問題です。
今回はいじめについて考えてみましたが、注意しなければいけないのは、
ここに書いてある内容が決して正しいわけではない、ということです。
こういった考え方もあるんだな、くらいの気持ちで読んでもらえれば幸いです。

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